こんにちは、SHINYA です。
先ほど、映画Winnyを鑑賞してきました。
あっちゃんのYouTube大学から興味を持って、見に行きましたが、この映画で涙するとは予想外でした。
まさかわたしが小学生の頃に、これほど先進的な技術について、激しい戦いが巻き起こっていたとは知りませんでした。本当に面白い作品でした。
そんな映画Winnyを見た感想を、今回はお話ししていきたいと思います。
Winnyとはなにか、何が問題になったのか、については、上記の動画を見ていただければと思います。
※この記事は、一部ネタバレが含まれますので、予めご了承ください。
感想
天才プログラマー金子勇氏について
この映画の主人公であり、天才プログラマーの金子勇氏。
日本のため、人々のためにと思い、Winnyを開発し、世に送り出しました。
しかし、よかれと思ってやったこの行為で、罪に問われてしまいます。
ただ山があったから登っただけなのに…。この理不尽な裁判に、絶望を感じたことでしょう。
大好きなプログラミングを奪われ、大切な人に連絡を取ることも制限されて、そんな過酷な環境でも折れることなく、耐え抜いた強さに、心打たれました。
自分が同じ立場だったらと考えると、恐ろしさを感じます。
あるシーンで、『たった2行のコードを書き換えるだけで、Winnyの脆弱性は改善される。それで多くの問題が解決する。』という旨を熱弁する様子に、涙が出ました。せっかく、人のためになるように行動したいのに、それをすることが許されない。その無力感は相当な物であったと拝察しました。
映画の最後にある、金子勇氏本人の映像で、無罪判決について、淡々と話している様子が印象的でした。
なんというか、くだらない事に巻き込まれてしまった感が出ていて、本当にその通りだと思いました。
そんな中でも、日本の未来、技術者のために、大勢の人の前に出て、最後まで戦い抜いてくれた事に感謝しかありません。本当に強い人だと、見ていて感じました。
この無罪判決がなければ、日本は本当に、技術者が開発をためらう国になっていたかもしれません。
裁判が終わり、開発を再開して半年で、金子勇氏が亡くなられてしまった事を考えると、日本や世界が失った物の大きさは計り知れません。
いつ死ぬかわからないのだから、いまを大切に生きなければ、そう思いました。
世界から遅れをとる日本
映画の途中で、YouTubeがアメリカで新たに発表された、という内容のシーンがあります。
そのシーンを見た時、なんとももったいないというか、やるせない気持ちになりました。
もし金子氏が裁判に時間を取られる事なく、自分の人生を自由に開発に捧げることができていたら、日本は今よりも世界にリードできていたのではないか。
あの裁判がなければ、技術者は自由に開発に没頭して、国内でイノベーションが起きていたのではないか。
そんな事を考えてしまいます。
Winnyは時代を先取りしたら技術であったが故に、世の中がその価値を正しく評価する事ができませんでした。
今でこそ、サブスクで音楽や動画を自由に楽しむことができますが、Winnyの技術がそうしたビジネスモデルに発展する可能性は十分にあったにもかかわらず、その可能性を殺してしまったこと。それが、いまの日本の現状につながっているのかもしれません。
マスメディアの役割とは
映画の中で、金子氏のプライバシーを明らかに侵害する情報が検察側からリークし、マスコミが取り上げるシーンがあります。
マスメディアが、そうした一方的な印象操作に加担してしまうと、本来の事実を伝える役割を果たせなくなってしまいます。
こういうこともあるのだと考えると、テレビや新聞などのメディアを見る事自体に、不信感が出てきてしまっても仕方ないと思います。
わたし自身も、ニュースや新聞などの情報を間に受けるのではなく、しっかりと情報を取捨選択しなくてはならないと反省させられました。
まとめ
今回は、映画Winnyを見た感想について触れました。
この映画を見て、新しい技術を使う側も、製作してくれた技術者の意思を正しく理解して、正しく使うことが必要だと思いました。
そうであったならば、このような裁判が起こることもなく、日本が偉大な開発者を失うこともなかったのかもしれません。
この映画に出会えたことに感謝しています。
ぜひ興味を持たれた方に見てもらえたら嬉しいです。
最後までご覧いただきありがとうございました。